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鉄腕アトムと晋平君 渡部信一著
『鉄腕アトムと晋平君―ロボット研究の進化と自閉症児の発達―』
 ミネルヴァ書房 1900円+税 1998
 自閉症児の育て方を、ロボット開発とだぶらせて考えるという、とてもユニークな本です。晋平君の子どもの頃の話しや最近の様子が、お母さんへのインタビューによって紹介されています。第3刷り決定。
 


「プロローグ」より

 私は子供の頃、2つのロボット・マンガに夢中になっていました。鉄腕アトムと鉄人28号です。どちらも非常に強く、どんな悪党もやっつけてくれる正義の味方として活躍していました。

 しかし今になって思い返せば、鉄腕アトムと鉄人28号とは、ロボットとして全く異なった特徴を持っていました。鉄人28号が正太郎少年の操る操縦機によって正太郎少年の命令通り動いていたのに対し、鉄腕アトムは自分自身の意志を持ち、自分自身の判断で行動していました。確かに、人間の命令に100% 従ってくれる鉄人28号にも大きな魅力を感じましたが、当時テレビでこの2つのマンガを見ていた子供達のほとんどが、鉄人28号よりは人間のような心を持っている鉄腕アトムの方に親近感を感じたに違いないでしょう。

 ところで、当時は考えもしなかったことですが、人間と同じような心を持つ鉄腕アトムは、どのようなプログラムで動いていたのでしょうか? 構造的には人間と同じような脳、つまりコンピュータを備えているはずです。そのコンピュータが多くの情報を記憶し、その記憶装置の中に何らかのプログラムが組み込まれていたということは容易に想像がつきます。問題なのは、そのプログラムがどのようなものだったか、です。作者の手塚治虫氏がどう考えていたかは定かでありませんが、それを毎回楽しみにしていたほとんどの子供達は、アトムのコンピュータには複雑で膨大な量の情報が記憶され、同時に複雑で膨大な量のプログラムが組み込まれているという「思いこみ」を、意識的・無意識的に持っていたのではないでしょうか? そこには、人間と同じような心を持つアトムであっても基本的にはロボットという機械であるのだから、何もプログラムしなければ一歩たりとも動くことはできないという暗黙の了解があります。だからこそ、ロボット開発において、ロボット研究者がまず第1に考えたことは、「どのようにプログラムするか」でした。ロボットにさせたいことを、ひとつひとつ系統的にプログラムする。そうすれば、最初は単純なことしかできなくともだんだん複雑なことへとロボットは進化していき、数十年後には人間と区別のつかないようなロボット、つまり鉄腕アトムが完成する。開発当初、ロボット研究者達は皆、そう考えていました。

 鉄腕アトムに熱中していた頃から、30年経過しました。私は今、知能や言語、そしてコミュニケーションなどに障害を持つ子供達と向き合っています。そして、何とかして彼らを理解し、彼らの障害を少しでも改善してあげたいと思っています。そのために、私はどうしたらよいのでしょう? そんなことを考えているうちに、ふと頭の中に、幼い頃夢中になっていたあの「鉄腕アトム」や「鉄人28号」のことが浮かんできました。そして、次のように考えるようになりました。

《ロボットと障害児を一緒に考えてみよう》
 「ロボット」と「障害児」、これまで両者が同時に話題にされることはほとんどありませんでした。「ロボット」の目標は「優秀な人間」であって、障害児者ではありません。誰だって「壊れたロボット」なんて望まないでしょう。一方、障害児教育に関わる人々も、「障害は持っているけれども彼らだって人間なんだ。暖かい心を持たず、何でも人の言うとおりにしか行動できないロボットのような人間に、彼らを育てるべきではない」と主張してきました。「ロボット」と「障害児」を一緒に議論することなどとんでもないことであり、事実これまで同時に話題になることはほとんどなかったのです。

 しかしながら、私は、あえてこの「タブー」に挑戦してみようと思います。つまり、「ロボットのこと」と「障害児のこと」とを、一緒に考えてみようと思います。なぜあえてそのようなことをしようとしているかといえば、私はロボット開発と障害児教育とがひとつのとても大切な共通点を持っていることに気がついたからです。そのとても大切な共通点とは何かといえば、ともにその根本には「人間」があるということです。「ロボットのこと」を知ること、そして「障害児のこと」を知ること、それらはどちらも「人間」を知ることに他ならないのです。



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